「予算ある」と聞いて任せていたら、稟議で止まっていた
DX案件・システム発注の現場で、決裁者の見えないところで頻発しているパターンがある。担当者がベンダーとの初回商談で「200〜300万でいけます」と発言する。社長は「予算感は合っているらしい」と判断して任せる。数週間後、提案を受け取ったベンダーから「金額面で合意に至らず、見送りとなりました」と連絡が入る。担当者に確認すると「上が通してくれませんでした」と曖昧な返事。
このとき社内で起きているのは、ほぼ例外なく「担当者の予算感覚と、稟議で実際に通る金額の構造的なギャップ」だ。担当者は値切るための駆け引きで言っているのではない。本人は本当にその金額で通ると思っている。だが稟議のフォーマット、決裁者の判断軸、決裁プロセスでの同意取りの工数を、担当者本人が想像できていない。
本記事では、担当者がベンダーに金額を伝えてきた瞬間に、社長が必ず確認すべき3つのことを整理する。商談序盤で塞いでおけば「なし崩しの失注」を防げる構造的な質問だ。
なぜ担当者の「200〜300万でいけます」はズレるのか
担当者がベンダーに伝える「予算感」は、3つの情報源から構成されている。
- 過去案件の通過実績:自部署で過去に通ったソフトウェア・SaaS導入の金額レンジ
- 同業の話:他社の担当者から聞いた「うちは○○万でやった」
- 担当者個人の判断:「これくらいなら自分でも通せそう」
ここで抜け落ちるのが、稟議経路上の決裁者全員の判断軸と、その金額帯で過去に通った稟議の根拠だ。新規事業部門の担当者が「200万なら稟議が通る」と言うとき、その担当者は「自分の上長までの稟議は通る感覚がある」だけで、その先の取締役会までの稟議書を書いた経験がない場合が多い。決裁者から見ると、200万円のDX投資は「役員会に上げる線」を超える。担当者は越えてもいない山を「越えられる」と言ってしまう。
確認1: 「その金額で稟議を書いた経験はあるか」
最初に確認すべきは、担当者がその金額帯の稟議書を自分で書いたことがあるかだ。質問はシンプルで、「過去に何件、いくらの稟議を通したか」を聞けばいい。
過去の通過実績がない担当者が「200〜300万でいけます」と言うとき、それは「いけるはず」という観測値ではなく「自分の理解の限界」だ。GAS経験がある程度の理由でDX担当に任命された担当者が、初めての200万円規模の稟議をベンダー比較から始める構造そのものが、案件の遅延と失注の原因になる。
確認の結果「経験がない」場合、社長がやるべきは担当者を責めることではない。稟議書の書き方を一緒に決めること、もしくは経験ある先輩・上長を伴走者として明示的にアサインすることだ。
確認2: 「決裁プロセスで誰の同意が要るか、確認は取れているか」
2つ目の確認は、稟議経路上の同意取りの状況だ。多くの社内稟議では、最終決裁者の前に複数の経由者がいる。経理、情シス、関連部署の長、内部監査。担当者が「200〜300万でいけます」と言うとき、そのルート上の各人にすでに話が通っているケースは少ない。
特に注意すべきは、稟議の途中で止まる案件だ。経理から「他部署と用途が重複していないか確認」と差し戻される。情シスから「セキュリティ要件の確認」と保留される。担当者にとって最大のストレスは、ここで「お前が動け」と返されることだ。返ってきた質問に答えるための情報をベンダーから取り直す工数が見えていないと、案件は3週間沈黙する。
社長が確認すべきは「ベンダー比較の前に、稟議経路上の各人にラフな打診はしてあるか」「差し戻しが来たときに誰がボールを持つかを決めてあるか」の2点だ。
確認3: 「ROIの数字を、決裁者が直接見て納得したか」
3つ目は、決裁者にとって最も重要な確認だ。担当者が「ROIは出ます」と言ってきたとき、その数字を決裁者本人が直接見て納得したかを聞く。
「出ます」と「納得した」の間には決定的な差がある。担当者がROI試算を作っても、決裁者が直接見ない限り、稟議書は「担当者が試算した数字」を引用するだけで、決裁者は判断材料を持たない。提案書を担当者経由でしか見ていない決裁者は、最終局面で「で、これいくら戻ってくるの?」と聞く。担当者が即答できないと、案件は止まる。
社長が初期にやるべきは、ベンダー商談に決裁者を同席させる仕組みを作ることだ。担当者が同席を渋る場合、その理由を聞く。「忙しいので」「面倒なので」が表面の理由でも、本質は「自分のフィルターを通したい」「決裁者と直接話されると自分のコントロールが効かなくなる」という不安だ。担当者の不安を取り除いた上で、必要な商談には決裁者を呼ぶ運用を最初に決めておく。
商談初期にやっておく3つの動き
3つの確認をしたうえで、社長が商談初期にやっておくべき動きを整理する。
- 商談1回目に決裁者を呼ぶか決める:担当者の経験次第。経験不足ならむしろ初回から同席して、判断軸を直接ベンダーに伝える
- 稟議書のドラフトを商談中に作り始める:ベンダーから提案書を受け取ってから書き始めるのではなく、商談中に決裁者の関心事を稟議書テンプレに落とす
- 差し戻し想定問答を作る:経理・情シス・関連部署からの典型的な指摘を予測して、回答を商談時にベンダーに作ってもらう
担当者が「200〜300万でいけます」と言った時点で、案件は社長に投げ返されている。投げ返されたのに気づかず「任せた」と判断し続けると、3週間後に失注通知が届く。
まとめ
担当者が口にする「いけます」は、本人にとっての「いけるはず」だ。決裁プロセスの実態と、決裁者の判断軸と、稟議経路上の同意取り工数を、担当者本人が見えていない場合が多い。社長が確認すべき3つのことは、いずれも商談序盤に塞げる。
- その金額で稟議を書いた経験はあるか
- 決裁プロセスで誰の同意が要るか、確認は取れているか
- ROIの数字を、決裁者が直接見て納得したか
確認の結果、答えが揃わなければ、社長自身が商談に入る。担当者を信用しないのではなく、案件を死なせないための介入だ。
関連記事:システム開発の見積もり完全ガイド / 失敗しない見積もり比較チェックリスト / システム開発の見積もりがブレる理由と追加費用を防ぐ対策
Beekleでは、生成AI/CDP/業務システムの企画・要件定義・開発・運用までワンストップで支援しています。「何を作れば成功か」の整理、検証フェーズの設計、本番化判断まで、発注側の判断材料が揃うように伴走します。費用感の概算だけでも歓迎です。